ミシェル・マンマン(博士論文研究の意義とその示唆)
フィリピン東南大学 タグム・マビニキャンパス 農業科学部 農業及び関連科学科 土壌科学・作物科学クラスター 講師・助教授/
広島大学大学院 統合生命科学 生命環境総合科学プログラム 博士課程研究科

筆者の学術的及び研究上の背景は農業科学、特に土壌科学に深く根ざしている。学部課程の研究においては、フィリピンのセブ州アルガオにおいて根菜類が植えられた土壌の物理化学的特性を分析し、当該土壌の性質に関する基礎的情報を提供した。その後、オーストラリア国際農業研究センター(Australian Centre for International Agricultural Research:ACIAR)との協力のもと、フィリピン南部における野菜のための土壌及び作物の統合養分管理に関する研究補助員として2年間勤務した。その後、ベルギー・フランデレン地域における非酸性及び/または非砂質土壌からのリン浸出に関する研究を行い、ゲント大学にて土壌科学を専攻とする物理的土地資源学修士号(Master of Science in Physical Land Resources)を取得した。
博士課程の学生として、筆者は現在、白紋羽病を引き起こす土壌棲息性真菌である植物病原性真菌の研究を行っている。植物病原性真菌(以下Rn)は、熱帯、亜熱帯及び温帯地域において果樹を含む農業的に重要な作物に被害を及ぼす「致死性疾患」として知られている(Hartley et al., 2022)。2008年に感染樹を治すための簡便かつ費用効果の高い方法として「熱水処理」が開発された。この方法は、植物に無害である一方でRnに対して致死的な高温の土壌温度を利用する(Eguchi et al., 2008)。しかしながら、この熱水処理の正確な効果メカニズムは依然として不明である。これらの研究者の実験室での試験結果は、とりわけ低い致死温度における処理効果において、菌糸圏微生物群集の変化が役割を演じていることを示している。この課題に取り組むため、筆者の研究室では、熱と菌糸圏微生物との相乗的効果を研究し、また、内部環境(トランスクリプトーム、細胞観察)及び外部環境(微生物群集)双方の解析することにより、Rnの減衰現象を解明しようとしている。
筆者の博士題目は「熱水処理による土壌疾病減衰に対する生物的相互作用における植物病原性真菌の外部菌糸圏環境の機能的役割」で、特に外部菌糸圏環境に焦点を当てている。この研究は、加熱措置後のRn菌糸圏における微生物群集の増強という観察された現象に基づいている。電子顕微鏡観察により、Rnの菌糸からの液滴が観察され、凍結乾燥後も残存していることが確認された。予備実験においては、35℃に加熱した際、Rn菌糸が水溶性分子(exo-HM)を分泌し、この分泌が12時間以上の曝露によって増加し、当該条件下で菌が弱化することが示唆された。更に、筆者の研究は、外部菌糸圏環境の一部としての菌糸表面特性の役割を評価しており、これが微生物間相互作用の場として機能する可能性を検討している(Carniello et al., 2018)。これらの特性間の関係性については、真菌性細胞外分子及び菌糸表面活性が菌糸圏における微生物相互作用にどのように影響するかという観点から解析が進められている。
筆者の研究は、熱処理後のexo-菌糸分子の特性変化及び菌糸の物理化学的性質の変化が、Rn-微生物間の相互作用に寄与し、これがRnの減衰現象に影響を及ぼす可能性があるとの仮説に基づいている。本研究には、真菌基質の影響を除去しつつ、exo-菌糸分子の生成及び回収のためのプロトコル開発が含まれる。35℃で2〜72時間加熱処理した後のexo-菌糸分子及び菌糸表面特性の組成と特性を評価する。研究成果は、熱水処理によりRnの外部菌糸圏環境がどのように変化し、それが微生物群集を強化するのかを明らかにし、最終的には土壌病害の減衰現象に関与する仕組みの理解に寄与することが期待される。
学術的には、本研究は、加熱処理下において真菌の細胞外分子及び菌糸表面特性が微生物群集をいかに制御するかの理解に貢献するものである。実用的応用については、本研究により得られる知見は、作物生産にとり土壌伝染性病害が重大な脅威となっているミンダナオ地域の農業セクターにおいて、特に有意義なものとなるかもしれない。伝統的農業とモノカルチャー農業は土壌の劣化及び土壌健全性の長期的な低下に寄与している。菌糸圏における生物的相互作用の探求により、本研究は、土壌生産性及び生態学的バランスを維持する持続可能な病害管理手法に係る将来の研究及び開発に資するだろう。更に、本研究は、2022年から2028年までのフィリピンの国家優先研究・開発課題、特に病害管理及び劣化または汚染された農業土壌の再生に関連する研究分野と整合している。